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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)66号 判決

川崎市幸区堀川町72番地

原告

株式会社東芝

同代表者代表取締役

佐藤文夫

同訴訟代理人弁護士

尾崎英男

同訴訟代理人弁理士

外川英明

津軽進

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

同指定代理人

小暮与作

吉村宅衛

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成4年審判第212号事件について平成6年12月26日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年10月3日、特許庁に対し、名称を「内視鏡装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和60年特許願第219075号)をしたが、平成3年11月19日、拒絶査定を受けたため、平成4年1月9日、審判を請求したところ、特許庁は、この請求を平成4年審判第212号事件として審理するとともに、平成5年2月3日、特許出願公告(平成5年特許出願公告第8915号)を行ったが、訴外村山俊秋及び同渡部徹から特許異議の申立てがなされた。その結果、特許庁は、平成6年12月26日、特許異議の申立ては理由がある旨の決定とともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成7年2月15日、原告に対し送達された。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲の記載)

撮像光学系と、この撮像光学系により結像された被写体の光学像を電気信号に変換する固体撮像素子と、この固体撮像素子からの出力信号をテレビ信号に変換する処理回路を有する内視鏡装置において、前記処理回路からの前記テレビ信号を基にしてリアル画像データを作成するリアル画像作成手段と、フリーズ動作を指示するためのフリーズ指示手段と、このフリーズ指示手段によるフリーズ指示により、前記処理回路からの前記テレビ信号を基にしてフリーズ画像データを作成するプリーズ画像作成手段と、単一の表示手段と、前記フリーズ指示手段によるフリーズ指示がない時には前記リアル画像作成手段によるリアル画像のみを前記表示手段に表示し、前記フリーズ指示手段によるフリーズ指示があった時にはフリーズ画像よりは小さいリアル画像を前記フリーズ画像とともに前記表示手段に表示する表示制御手段とを備えたことを特徴とする内視鏡装置(別紙図面(1)参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項に記載のとおりである。

(2)  これに対し、「映像情報MEDICAL」17巻19号(産業開発機構株式会社昭和60年9月15日発行、以下「引用例1」という。)、「電波科学」昭和60年1月号(日本放送出版協会昭和60年1月1日発行、以下「引用例2」という。)及び昭和57年特許出願公開第65076号公報(以下「引用例3」という。)には、それぞれ次のような記載がある。

ア 引用例1(別紙図面(2)参照)

TV-Endoscope(内視鏡装置の先端に固体撮像装置としてのCCDを組み込んだもの)のシステムに関し、「スコープ先端の対物レンズにより結像された被写体の映像(光信号)はCCDにより電気信号に変換され、体外のビデオ処理装置(Video processor)に導かれる。この電気信号はビデオ処理装置により、映像信号であるビデオ信号(NTSC)に変換された後、再びテレビモニターに映像を再生するものである(図1)。このTV-Endoscopeの映像の記録には、動画像をVTRに録画する方法、及びfreezerによるfreeze画像(瞬間静止画像)をテレビモニターを介して35mmスチール写真に記録する方法とがある。」(866頁左欄下から4行ないし右欄7行)と記載されている。

図1(866頁)として、上記ビデオ処理装置から出力されるビデオ信号を、上記freezerを介してスチル写真撮影用の9インチカラーモニターに供給するとともに、このモニター嬉介して、観察用の15インチカラーモニターに供給し、更に、このモニターを介して、上記動画像録画用のVTRに供給するようにしたシステム図が示されている。

イ 引用例2(別紙図面(3)参照)

ディジタルカラーテレビに関し、「メモリを応用してテレビ画像(親画面)の1部に他の映像(子画面)を縮小し挿入する」(104頁1欄9行ないし12行)、「親画面だけで見るテレビ放送も、ここという場面に静止ボタンを押せば、子画面にそのシーンを静止させる事ができ、お料理番組なら、材料1覧がゆっくりメモできる。もちろん親画面では番組の進行が続けて楽しめる。」(105頁3欄8行ないし14行)との記載があり、第9図に親画面ディジタル回路ブロック図(104頁)、第10図に子画面回路ブロック図(105頁)が示されている。

ウ 引用例3(別紙図面(4)参照)

瞬時再生機能付きのテレビジョン受像機に関し、「受信中の映像信号を所定の時間間隔で複数画面分記憶する映像記憶手段と、所望時に該映像記憶手段より複数画面分の映像情報を所定の時間隔で順次呼び出し受信中のテレビジョン映像に代えて複数枚の静止画像として映出する」(1頁左下欄5行ないし9行)、「さらに映像縮小回路を付設しプレイバック操作したときにはプレイバック再生画面の一部にその瞬間のテレビジョン映像を縮小して同時に映出するようにすれば、プレイバック中にも現実のテレビジョン映像をモニター画像として見ることができ」(3頁左下欄10行ないし14行)との記載があり、これらの記載から、単一の表示装置に、通常はリアル画像を表示し、プレイバック操作があったときには、複数枚のフリーズ画像を順次映出するが、その際、フリーズ画像より小さいリアル画像を、フリーズ画像とともに表示する構成が示されているものと認めることができる。

(3)  本願発明と引用例1記載の技術との対比

ア 引用例1記載の技術における「TV-Endoscopeのシステム」、「freezer」、「観察用の15インチカラーモニター」は、それぞれ、本願発明の「内視鏡装置」、「フリーズ画像作成手段」、「単一の表示手段」に相当することが明らかである。

また、引用例1記載の技術におけるシステムは、フリーズ画像の表示を行い得るものである以上、当然にフリーズ動作を指示する手段をも有するものであり(このことは、図1において、TV-Endoscope上にスイッチを表すことが明らかなSWの表記があり、このSWとfreezerとの間を接続する接続線が図示されていることからも窺われる。)、かっ、引用例1記載の技術においては、図1の図示態様からみて、freezerに設けられた適宜の表示制御手段によって、フリーズ指示手段によるフリーズ指示がないときには、上記モニターにリアル画像のみが表示され、フリーズ指示があったときには、そこにフリーズ画像が表示されるものであることが明らかである。

イ したがって、本願発明と引用例1記載の技術とは、

「撮像光学系と、この撮像光学系により結像された被写体の光学像を電気信号に変換する固体撮像素子と、この固体撮像素子からの出力信号をテレビ信号に変換する処理回路を有する内視鏡装置において、フリーズ動作を指示するためのフリーズ指示手段と、このフリーズ指示手段によるフリーズ指示により、前記処理回路からの前記テレビ信号を基にしてフリーズ画像データを作成するフリーズ画像作成手段と、単一の表示手段と、前記フリーズ指示手段によるフリーズ指示がない時にはリアル画像のみを前記表示手段に表示し、前記フリーズ指示手段によるフリーズ指示があった時にはフリーズ画像を前記表示手段に表示する表示制御手段とを備えた内視鏡装置」

である点において一致する。

ウ 他方、両者は、次の点において相違する。

(ア) 相違点〈1〉

フリーズ指示がなされた際、本願発明においては、表示手段に、フリーズ画像とともに、これより小さいリアル画像が表示されるのに対し、引用例1記載の技術においては、図1の図示態様から明らかなように、表示手段(15インチカラーモニター)に、リアル画像に代えて、フリーズ画像のみが表示される点

(イ)相違点〈2〉

本願発明においては、フリーズ指示の有無に関わらず、表示手段に表示されるリアル画像を得るための、「処理回路からの前記テレビ信号を基にしてリアル画像データを作成するリアル画像作成手段」が設けられているのに対し、引用例1記載の技術においては、このような手段が設けられていない点

(4)  判断

ア 相違点〈1〉について

(ア) 単一の表示手段に、フリーズ画像とともにリアル画像を表示する画像表示技術は、引用例2に示されているように、テレビジョン受像機において公知である。しかして、引用例1開示の内視鏡システムも、テレビジョン受像機の技術を応用して、表示手段にテレビ信号を表示するものであることを考慮すると、そのフリーズ画像とリアル画像とを、テレビジョン受像機の場合と同様に、同時に表示するようになし得ること及びそのようにした場合の利便性については、当業者において明らかであると認められる。

したがって、同内視鏡システムにおいて、上記のテレビジョン受像機における画像表示技術を適宜採用することは、当業者が容易に想到し得たことというべきである。

(イ) もっとも、引用例2記載の画像表示技術は、リアル画像をフリーズ画像より大きく表示するものであるが、引用例3には、これとは逆に、リアル画像をフリーズ画像より小さく表示するようにしたテレビジョン受像機の例が示されていることからすると、これら二つの表示画像の大小をどの様にするかは、いずれの画像を主たる画像として表示するかの設計条件に応じて、適宜選択可能な事項であると認められる。そのため、引用例1記載の技術のように、内視鏡システムとしてスチール写真撮影を行う場合、撮影対象となるフリーズ画像を主たる画像として表示することは、この場合における設計条件として当然に想到されるところである。

したがって、引用例1記載の内視鏡システムにおいて、上記画像表示技術を採用するに際し、本願発明のように、リアル画像をフリーズ画像より小さく表示することも、当業者が、格別の困難性なく適宜なし得たことというべきである。

(ウ) なお、請求人(原告)は、引用例2記載の技術及び引用例3記載の発明は、内視鏡診断とはまったく関係のない、テレビ放送の親子表示画面に関する技術であるから、フリーズ画像表示中の生体の危険性を考慮して、フリーズ画像とともにリアル画像を表示することにより、内視鏡装置特有の問題を解決した本願発明とは、技術的思想を異にする旨主張する。しかしながら、フリーズ画像表示中の生体の危険を考慮するということは、換言すれば、フリーズ画像表示中にも、現在撮像中の体腔内の画像、すなわちリアル画像を絶えず観察できるということに他ならないから、そのことは、引用例2又は3記載のテレビジョン受像機において、フリーズ画像とともにリアル画像を表示できるようにしたことと本質的に変わりがない。内視鏡装置においては、リアル画像を絶えず観察し得ることが生体への安全性確保につながることは、当業者にとって自明のことというべきである。したがって、本願発明が、かかる生体への安全性確保の点において、請求人(原告)主張のように、内視鏡に特有の問題を解決した格別の技術的思想を形成するものとは認めることができない。

イ 相違点〈2〉について

本願発明における「処理回路からのテレビ信号を基にしてリアル画像データを作成するリアル画像作成手段」の意義についてみるに、本願発明の表示手段においては、フリーズ指示がないときにはリアル画像のみが表示され、フリーズ指示があるときにはフリーズ画像とともに、これより小さいリアル画像が表示されるのであるから、上記表示手段は、フリーズ指示の有無に応じて、各表示態様に見合うテレビ信号がリアル画像として供給されるべきものであることが明らかである。このことからすると、上記リアル画像作成手段とは、上記の各表示態様に応じて、それに見合うテレビ信号を得るための手段をいうものと解することができる。

そうすると、本願発明の上記リアル画像作成手段とは、上記の各表示態様を達成する上で当然に設けられるべき手段にすぎないものというべきであり、本願発明が、そのような手段を有する点において格別のものであるとすることはできない。

ウ 以上によれば、相違点〈1〉、〈2〉に係る本願発明の構成は、いずれも引用例1ないし3記載の技術内容から、当業者が容易に想到し得たものと認められ、また、本願発明の作用効果についてみても、格別顕著なものがあるとは認められない。

(5)  したがって、本願発明は、当業者が、引用例1、2記載の技術及び引用例3記載の発明に基づいて、容易に発明することができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)、(2)ア、イは認める。

同(2)ウのうち、引用例3記載の発明において、単一の表示装置に、通常はリアル画像を表示し、プレイバック操作があったときには、複数枚のフリーズ画像を順次映出するが、その際、フリーズ画像より小さいリアル画像を、フリーズ画像とともに表示する構成が示されていることは否認し、その余は認める。

同(3)ア、イ、ウ(ア)は認める。

同(3)ウ(イ)は争う。本願発明における「リアル画像作成手段」とは、テレビ信号を基にしてリアル画像データを作成する手段であり、引用例1記載の技術にも、これに対応する手段が存在する。すなわち、審決における相違点〈2〉は、本願発明と引用例1記載の技術との相違点にはあたらない。

同(4)ア(ア)のうち、単一の表示手段に、フリーズ画像とともにリアル画像を表示する画像表示技術が、テレビジョン受像機において公知であること、引用例1記載の内視鏡システムも、テレビジョン受像機の技術を応用して、表示手段にテレビ信号を表示するものであることは認めるが、その余は否認する。

同(4)ア(イ)のうち、引用例2記載の画像表示技術が、リアル画像をフリーズ画像より大きく表示するものであることは認め、二つの表示画像の大小をどの様にするかは、いずれの画像を主たる画像として表示するかの設計条件に応じて、適宜選択可能な事項であることは争わないが、その余は否認する。

同(4)ア(ウ)のうち、原告の主張内容は認めるが、その余は否認する。

同(4)イは認める。

同(4)ウは否認する。

同(5)は争う。

審決は、本願発明と、引用例1、2記載の技術、引用例3記載の発明との間における技術的課題(目的)の違いを看過した結果、相違点〈1〉における本願発明の構成の想到困難性について判断を誤り、本願発明が容易に想到し得るものとした点において違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  審決は、引用例1記載の内視鏡装置において、本願発明のように、フリーズ画像とリアル画像とを、テレビジョン受像機の場合と同様に同時に表示するようになし得ることは、当業者において明らかであるとする。

しかしながら、引用例1記載の技術は、フリーズ指示を与えた場合、フリーズ画像のみを表示するというものであり、同引用例は、本願発明の技術的課題(目的)、すなわち、フリーズ指示中にリアル画像をも表示できるようにし、それによって絶えず体腔内の様子を観察できるようにするということについては、何ら示唆していない。

また、引用例2、3は、内視鏡装置とは別の、一般的なテレビジョン受像機についての画像表示技術を開示するだけのものであるから、同引用例にも、本願発明の技術的課題(目的)の示唆がないことは明らかである(なお、引用例3には、「フリーズ画像」に相当する画像を表示することについて、開示すらない。)。

したがって、引用例1記載の技術に引用例2記載の技術を組み合わせることが技術的に可能であるとしても、審決のように、それだけの理由により、内視鏡の技術分野において、当業者が上記技術を用いて本願発明の構成を容易に想到し得るとはいえないことは、明らかである。

すなわち、本件では、内視鏡の技術分野において、本願発明の構成を想到することが容易であったか否かが問題なのであり、本願発明の技術的課題が引用例1にまったく示唆されていないときに、引用例1から、内視鏡において、フリーズ画像とリアル画像を同時に表示するという発想が出てくるはずがなく、引用例1から本願発明を想到し得たとすることはできないものである。

(2)  また、審決は、本願発明のように、フリーズ画像とリアル画像とを同時に表示した場合の利便性も、当業者において明らかであるとする。

しかしながら、仮に、一般のテレビジョン受像機の技術において、フリーズ画像とリアル画像とを同時に表示することの利便性が知られていたとしても、これを具体的応用において採用するか否かは、具体的応用における利便性が知られていなければならず、そのため、内視鏡においてこれを採用しようという動機は、一般のテレビジョン受像機から当然に生まれてくるものではないことは明らかである。本願発明の技術的課題(目的)が認識されてこそ、フリーズ画像とリァル画像の同時表示が採用され得るのであるが、引用例のいずれにも、本願発明の技術的課題(目的)は示唆されていない。

したがって、上記の利便性からも、本願発明が容易に想到されたものと認めることはできない。

(3)  更に、本願発明において、リアル画像がフリーズ画像より小さく表示されることについても、そもそも、引用例1においては、フリーズ画像とともにリアル画像を表示することが示唆されていないのであるから、本願発明のように、リアル画像をフリーズ画像より小さく表示するという条件設定も、当業者が容易になし得ることではない。

(4)  本願発明は、「フリーズ画像表示中の生体の危険」を考慮したことによるものであるが、「フリーズ画像表示中の生体の危険」の考慮とは、本願発明が初めて認識した技術的課題であり、「フリーズ画像表示中にも、現在撮影中の体腔内の画像、すなわちリアル画像を絶えず観察できる」とは、本願発明によって初めてもたらされた作用効果にほかならない。

したがって、上記の技術的課題を認識することなく、本願発明の構成を想到することは困難である。

(5)  本願発明は、内視鏡の技術分野に属する発明であるが、本出願当時の内視鏡は、ファイバースコープを用いたものであり、電子内視鏡は、わが国において原告が初めて実用化したものである。ファイバースコープでは、電子内視鏡と異なり、写真撮影にあたってそもそも画像表示ができないから、本願発明の技術的課題及び解決手段は、電子内視鏡を開発し、これを用いて実験を行った者にしか想到し得ないものであった。したがって、本出願当時の内視鏡の技術分野における「通常の知識を有する者」(当業者)にとっては、本願発明の技術的課題を想到すること自体、不可能であったものといってよい。

また、本願発明を、引用例2、3のようなテレビジョンの技術分野に属する発明と捉えたとしても、電子内視鏡のことを知らないテレビジョン技術分野の当業者が、本願発明の技術的課題を想到することも不可能であったものである。

この点からも、本願発明が進歩性を有することは明らかである。

第3  請求の原因の認否及び被告の反論

1  請求の原因1ないし3の各事実は認める。

同4は争う。

審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

2  取消事由についての被告の反論

(1)  フリーズ画像表示中にリアル画像を絶えず表示するという技術的課題は、テレビジョン受像機における画像表示技術ではあるが、引用例2、3に記載されている。

内視鏡の技術においては、体腔内の表示手段として、通常、テレビジョン受像機における画像表示技術を採用している。また、一般的に、フリーズ画像表示中にリアル画像をも表示できるようにすることにより、多面的な情報が得られ、対象をより的確に把握でき、種々の利便性が得られることは明らかである。

そのため、引用例1ないし3の記載のみならず、上記のことをも総合して勘案すれば、フリーズ画像の表示中にリアル画像をも表示することにより、絶えず体腔内の様子を観察できるようになし得ることは明らかである。

そして、原告の主張する「安全性の確保」は、絶えず体腔内の様子を観察できるようにしたことに伴う、当然のことにすぎない。

したがって、審決の判断のとおり、引用例1記載の内視鏡の技術に、引用例2、3の画像表示技術を採用することは、当業者が容易に想到し得たことであり、審決の判断に誤りはない。

(2)  なお、原告は、引用例3について、その記載における「静止画像」はリアル画像であり、本願発明の「フリーズ画像」に相当するものは開示されていないと主張する。

しかしながら、引用例3における「複数枚の静止画像」の一枚一枚が静止画像、すなわちフリーズ画像であることは明らかであるから、審決が、それを「複数枚のフリーズ画像」と認定したことについては誤りはない。

一方、引用例3における、静止画像とは別の「その瞬間のテレビジョン映像」とは、本願発明の「リアル画像」に相当するものであることが明らかであって、それ以外の画像を指すものと解釈する方が困難である。したがって、引用例3記載の発明においては、「複数の静止画像」とは別に「リアル画像」が存在していることは明らかである。

以上のとおりであるから、引用例3には、リアル画像をフリーズ画像(静止画像)よりも小さく表示することが記載されているとした審決の認定に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の各事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

また、引用例1及び2記載の各技術内容、引用例3の1頁及び3頁中に、審決に引用のとおりの記載部分が存在すること、本願発明と引用例1記載の技術との間に審決記載のとおりの一致点及び相違点〈1〉が存在すること、相違点〈1〉についての認定判断のうち、テレビジョン受像機において、単一の表示手段にフリーズ画像とともにリアル画像を表示する画像表示技術が公知であること、引用例1記載の内視鏡システムも、テレビジョン受像機の技術の応用により、表示手段にテレビ信号を表示するものであること、引用例2記載の画像表示技術が、リアル画像をフリーズ画像より大きく表示するものであること、リアル画像とフリーズ画像を単一の表示手段に表示する場合、その間の表示画像の大小をどの様にするかは、いずれの画像を主たる画像として表示するかの設計条件に応じて、適宜選択可能な事項であること、相違点〈2〉についての認定、判断が審決記載のとおりであることについても、当事者間に争いがない。

第2  本願発明の概要について

成立に争いのない甲第2号証(本願発明についての特許出願公告公報)によれば、本願発明の概要は以下のとおりである。

1  本願発明は、固体撮像素子を用いた内視鏡に関するものである(1欄22行ないし23行)。

2  生体腔内、又は機械装置の内部等の観察、記録を行う場合、従来は、ファイバースコープと呼ばれる内視鏡が用いられていたが、近年、CCD(Charge Coupled Device)等で代表される、小型の、固体撮像素子を先端に配置した内視鏡が開発されている。

この種の内視鏡は、従来のファイバースコープに用いられてきたイメージファイバーの代りに、対象物の光学像を電気信号に変換する固体撮像素子を用いたものであり、通常は、電気信号を、テレビ信号に変換する処理回路を介して、CRTモニター等の表示装置に、映像として表示するものである(1欄25行ないし2欄12行)。

3  ところで、この種の内視鏡装置には画像をフリーズする機能を有するものがある。これは、一般に内視鏡診断においては、画像を写真等に記録することが行われるが、対象画像の動きが激しい場合、モニター上の画像を写真撮影すると動きによるぼけが生じることから、それを避けるためである。

画像をフリーズするためには画像メモリが用いられ、術者が任意のタイミングでスイッチ等を操作することにより、画像メモリにその瞬間の画像が記憶される。この記憶された画像をモニターに映出し、撮影するのに妥当か否かを判断して、妥当であれば、ポラロイドカメラ等でその画像を撮影する。

ところで、診断中に、画像をフリーズし、フリーズ像を映出して写真撮影を行っている間は、連続して変化しているリアル像が見えなくなる。例えば、鉗子でポリープ(病変部)を切除しているような治療時においては、特にリアル像が消えることには危険が伴う(2欄23行ないし3欄18行)。

4  本願発明は、このような問題点を解決するため、写真撮影時においても絶えず体腔内の様子を観察できるようにすることにより、安心して診断、治療を実施できる内視鏡装置の提供を目的として、要旨記載の構成を採用したものである(3欄20行ないし37行)。

5  本願発明に係る内視鏡装置においては、内視鏡による診断、治療中に画像をフリーズして写真撮影を実施しても、その間、体腔内の様子を絶えず観察することが可能であり、そのため、安心して内視鏡検査をすることができるという作用効果を奏する(6欄23行ないし26行)。

第3  審決取消事由について

そこで、原告主張の審決取消事由について判断する。

1  原告は、相違点〈1〉についての審決の認定、判断を非難するとともに、本願発明の技術的課題(目的)が、引用例1ないし3に記載の技術、発明の目的ないし技術的課題と異なるものであり、各引用例に示唆されているものでもないから、相違点〈1〉に係る本願発明の構成は、各引用例記載の技術、発明から容易に想到し得るものではないと主張する。

2  そこで検討するに、本願発明の技術的課題(目的)は、前記第2、3、4に認定のとおり、固体撮像素子を用いた内視鏡装置において、フリーズ画像とリアル画像を同時にテレビモニターに表示することによって、フリーズ画像を写真撮影する際においても、リアル画像により体腔内の様子を観察可能なものとし、内視鏡装置による診断、治療の安全性を確保するということにあるものと認められる。

一方、引用例1記載の技術については、それが、本願発明と同様のシステムによる、固体撮像素子を用いた内視鏡装置であり、本願発明との構成上の違いは、テレビモニターに写真撮影のためのフリーズ画像が表示されると、その間、リアル画像の表示が全面的に中断されるということにあり(この点については、前記第1のとおり当事者間に争いがない。)、また、当事者間に争いのない事実及び成立に争いのない甲第3号証(引用例1)によると、引用例1には、引用例1記載の技術について次のとおり記載されていることが認められる。

「電気電子工学の進歩に伴い、最近のTV技術の進歩には目を見晴るものがある。このTV技術の進歩の中で特に著しいのは、テレビカメラとしての機能を備えた固体撮像素子(charge coupled device、CCD)の開発であり、しかも、そのCCDが消化管内視鏡スコープの先端に組み込まれるまで小さくなったことである。

この小さな高性能固体撮像素子の開発により、従来のグラスファイバーに代って内視鏡スコープの先端にCCDを組み込んだEndoscopeが開発された。」(866頁左欄2行ないし10行)

「スコープの先端にはグラスファイバーに代ってCCDがある。スコープ先端の対物レンズにより結像された被写体の映像(光信号)はCCDにより電気信号に変換され、体外のビデオ処理装置(Video processor)に導かれる。この電気信号はビデオ処理装置により、映像信号であるビデオ信号(NTSC)に変換された後、再びテレビモニターに映像を再生するものである(略)。このTV-Endoscopeの映像の記録には、動画像をVTRに録画する方法、及びfreezerによるfreeze画像(瞬間静止画像)をテレビモニターを介して35mmスチール写真に記録する方法とがある。」(866頁左欄24行ないし右欄7行)

3  以上からみるならば、本願発明及び引用例1記載の技術は、いずれも、固体撮像素子を用いた内視鏡装置システムという同一の技術分野に属するものであり、ともに、画像表示手段として、テレビジョン受像機の技術を応用しているものであることが明らかである。そして、両者の間における構成上の相違とは、単に、上記のとおり画像表示手段として用いられたテレビジョン受像機技術の応用の仕方にあるにすぎないものというべきである。

そして、本出願当時、単一の表示手段(テレビモニター)に、フリーズ画像とともにリアル画像を表示する画像表示技術が、引用例2に示されるように、テレビジョン受像機において既に公知のものであったこと、その際、フリーズ画像とリアル画像の表示の大小をどの様にするかは、当業者において、設計条件に応じて適宜選択可能な事項というべきものであったことについては、前記第1のとおり当事者間に争いがなく、また、被告主張のとおり、両画面が、同一表示手段に同時に表示されるならば、多面的な情報が得られ、対象をより的確に把握でき、種々の利便性を持たせることができるようになることは、画面表示の性質上、当業者において明らかな事項であったものというべきである(なお、成立に争いのない甲第4号証(引用例2)によると、引用例2においては、この点について、「たとえば、親画面にはVTR、子画面にはテレビ放送を映し、VTRはそのまま楽しみながら、子画面のテニスや野球の気になる瞬間を静止画で見る事ができる。また画面の入れ替えもできるから、見たいテレビを親画面で見ながら、子画面でVTRの再生も行える。さらに親画面だけで見るテレビ放送も、ここという場合に静止ボタンを押せば、子画面にそのシーンを静止させる事ができ、お料理番組なら、材料1覧がゆっくりメモできる。もちろん親画面では番組の進行が続けて楽しめる。」(105頁中欄22行ないし右欄14行)等と記載されていることが認められる。)。

4  そうすると、引用例1記載の技術において、表示手段として用いられているテレビジョン技術を、引用例2記載の技術のものに代え、同一のテレビモニター画面に、フリーズ画像とリアル画像を同時に表示し、かつフリーズ画像を大きく、リアル画像を小さく表示し、それにより、内視鏡による体腔内の観察の利便性を更に高めることは、当業者において容易に想到し得るところであったものというべきであり、また、上記利便性の向上の具体的内容としては、フリーズ画像の表示とは別に、リアル画像の表示を継続することができることから生ずべきもの、すなわち、リアル画像による観察が中断されないことによる体腔内の安全の確保等の利便が当然に想到されるものと考えられる。

5  そうであれば、フリーズ画像とリアル画像を同時に表示することに基づく本願発明の前記の技術的課題(目的)については、当業者において、引用例1記載の技術から当然に予測可能なものであったと認めるのが相当であり、原告の主張するように、本願発明が上記技術的課題(目的)の相違から容易に想到し得なかったものと認めることはできない(なお、このことは、前出甲第3号証(引用例1)中において、引用例1記載の技術におけるテレビモニター画面にフリーズ画像が表示されることに伴い、リアル画像が消えることの危険性について、特に言及されていないことにより左右されるものでないことは当然である。)。

6  原告は、本願発明に係る内視鏡は、わが国において、初めて実用化されたものであって、本願発明の技術的課題及び解決手段は、電子内視鏡を開発し、これを用いて実験を行った者にしか想到し得ないものであり、内視鏡の技術分野の当業者も、テレビジョンの技術分野の当業者もこれを想到することはできない旨主張する。

しかしながら、フリーズ画像とリアル画像を同時に表示することにより体腔内の安全の確保等の利便を得るという本願発明の技術的課題は、本出願当時の技術水準に照らし、内視鏡の技術について通常の知識経験を有する者であれば、固体撮像素子を用いた内視鏡装置システムという本願発明と同一の技術分野に属する引用例1の記載事項から当然に予測可能であったことは前述のとおりであって、電子内視鏡を開発し、これを用いて実験を行った者にしか想到し得ないものとはいえない。

7  また、本願発明による作用効果も、本願発明の構成から当然に予測され得るものであるから、上記のとおり、本願発明の構成を採用することについて格別の困難性が認められない以上、特段のものとはいえない。

更に、原告は、前記第1において、審決が、本願発明と引用例1記載の技術との間に相違点〈2〉が存在するものと認定したことをも誤りであると主張するが、その趣旨は、審決の、相違点〈2〉に係る引用例1記載の技術の認定が誤りであり、両者の間に相違点〈2〉が存在せず、構成が一致するとするものであるから、仮に、審決の上記認定、判断が、原告の主張のとおり誤りであったとしても、その誤りは、審決の結論に影響を与えるものではなく、そのことが審決を取り消すべき事由となるものでないことは明らかである。

第4  以上によれば、審決には原告主張の違法はなく、その取消しを求める原告の本訴請求は理由がないものというべきであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面(1)

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別紙図面(2)

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別紙図面(3)

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別紙図面(4)

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